アラサキガンガゼ|普通にいる“幻の新種”

Diadema clarki Ikeda, 1939

概要

アラサキガンガゼ:Diadema clarki Ikeda, 1939

撮影地:静岡県沼津市

分類・分布

棘皮動物門 > ウニ綱 > ガンガゼ目 > ガンガゼ科 > ガンガゼ属 > アラサキガンガゼ

日本沿岸では、おおむね北緯31〜35度帯の本州・九州周辺に分布します。

特徴・雑学

アラサキガンガゼは、細く非常に長い棘を放射状に伸ばすガンガゼの仲間で、一見するとふつうのガンガゼ (Diadema setosum) やアオスジガンガゼ (D. savignyi) とよく似ています。
間歩帯の上部には、青い蛍光を帯びたY字の線が鮮やかでよく目立ちます。 ガンガゼでは、風船のような肛門に鮮やかな目玉のような模様が目立ちますが、アラサキガンガゼでは無地、または地味目の模様です。 青い蛍光線と肛門の模様などから、タイプ1~5まであり多様性があります(*1)。
アオスジガンガゼが「青筋」という名前であることもあり、ダイバーなど多くに人にはアオスジガンガゼだと思われてきました。 近年の調査では九州~関東で見かけるアオスジガンガゼだと"思われてきた"ウニは、ほぼ100%アラサキガンガゼであると考えられています(*2*3)。

【池田隼人と“幻の新種”】
本種は昭和初期、1939年に九州帝國大学の動物学者・池田隼人氏が「Diadema clarki」として新種記載したことに始まります。 ところが当時は形態だけを手がかりにした時代であり、ホルマリン固定した標本には色彩が無く、のちにデンマークの棘皮動物研究者モーテンセン氏が「ガンガゼ(D. setosum)のバリエーションに過ぎない」と判断し、 長いあいだシノニム(別名扱い)とされてしまいました。

それから70年以上を経た2010年代になり、日本各地のガンガゼ類をDNA研究と精密な形態計測で調べ直したところ、 「既知のどのガンガゼとも一致しない遺伝的なグループ(Diadema-sp)」が浮かび上がります。 研究者たちは北九州市立いのちのたび博物館に保管されていた池田氏の古い標本コレクシションの、ラベルのない乾燥殻からわずかなサンプルを抽出しました。 その塩基配列は、フィールド研究で「Diadema-sp」として扱われていたウニとほとんど一致し、 さらに殻板上の特徴も池田氏の原記載と合致… こうして「Diadema-sp」は池田氏が記載した「D. clarki」であることが明らかになり、 アラサキガンガゼは正式な種として復権しました(*4)。

【実はとても身近なウニ】
「新種」として再認識されたにもかかわらず、本種そのものは決して珍しいウニではありません。 近年の調査で、東海〜近畿や九州北部など本州・九州沿岸で「アオスジガンガゼ」と呼ばれていたガンガゼ類をDNAと形態で調べ直したところ、 その多くが実はアラサキガンガゼであることが分かってきました。
デジタルデータもDNA解析もなかった80年以上前に、膨大な標本を採集し、殻の微妙な形態差に気づいて新種として記載していた池田隼人氏の目と根気強さは、 現代の視点から見るほどすごさが際立ちます。

参考動画:ガンガゼの棘に隠れる稚魚たち

食・利用

アラサキガンガゼを含むガンガゼ類は、一般的な食用ウニとして広く食用利用されていませんが、鹿児島、熊本、長崎など、地域によっては食用とします。 一般的なウニに比べて味はサッパリしており、特有の苦みもあるが、地域特有の濃厚な甘い醤油を利用することで欠点が補えているいいわれます(*5)。 一方で、アラサキガンガゼを含むガンガゼ類は、多くの地域で藻場(海中の海藻・海草の林)を食べ尽くしてしまう「磯焼け」の原因生物とされています。 駆除したガンガゼを有効利用しようという試みは広く行われており、季節や処理による味の違いが研究されています(*6*7)。

毒・危険性

アラサキガンガゼも、他のガンガゼ類と同様に刺されると危険なウニです。
細く長い棘は容易に皮膚に刺さり、折れやすい棘は体内に残って激しい痛みや炎症、腫れを引き起こします。 ガンガゼ類の棘や小さな鉗子状の棘皮小板(ペデセルラリア)には毒性物質が含まれているとされ、刺傷例では強い疼痛に加え、しびれや関節痛、長期にわたる違和感が続くことも報告されています。
海水浴やスキューバダイビングの現場では要注意のグループです。

刺された場合は、無理に棘を深追いしてつまみ出そうとせず、

といった対応が推奨されます(*8)。
棘はガラスのようにもろく折れやすいため、岩場やテトラポッドの間を歩く際はマリンブーツなど厚手の履物を着用し、 ダイビングでは不用意に岩に手をつかない・ガンガゼの密集している場所に着底しない、といった基本的な対処が大切になります。

参考動画:中心の肛門から脱糞するイイジマフクロウニ

参考資料

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