タカベ|負傷魚の群れ

Labracoglossa argenteiventris Peters, 1866

概要

タカベ:Labracoglossa argenteiventris Peters, 1866

撮影地:静岡県伊東市、沼津市

分類・分布

脊椎動物亜門 > 条鰭綱 > スズキ目 > イスズミ科 > タカベ属 > タカベ

本州中部以南の太平洋岸〜伊豆諸島・四国・九州の岩礁域に多く、黒潮影響域で群れる沿岸性の回遊魚。

特徴・雑学

体側の黄色い縦帯と銀色の体色が目立つ群遊魚。岩礁域の沿岸に大群をつくって回遊し、頭上を覆うように通過する群れは圧巻です。
沿岸の岩礁帯を好むこの魚は、特に黒潮の影響を強く受ける伊豆半島南部~伊豆諸島で顕著に見られます。
産卵期は秋で、翌春には5センチほどまで成長し、1年で10センチ、2年で20センチ、7年になると30センチを超えます(*1) 毎年6月から9月頃にかけては、水深40m以浅の磯まわりに大きな群れを形成し、沿岸近くを活発に回遊することが報告されています。 その後、秋を迎えると沿岸域での群れの姿は徐々に減り、冬場には深場や沖合、あるいは沿岸よりやや遠くの深い水深に移動すると考えられています(*2)。

一方で、岩陰や浅瀬にひっそりと集まる小群を見かけることがあり、その中には負傷個体が多く含まれる現象があります。 現時点で「怪我をした個体が意図的に小集団で群れ本隊を離れ、安全な場所に留まる」という行動は研究報告が見当たりません。
負傷したことで大群の移動速度についていけなくなって取り残された個体が、捕食回避のために岩陰や浅場へ退避し、結果として同様の個体が偶然集まって小群になるという可能性が考えられます。

【江戸幕府直轄地の海産物】
江戸時代、伊豆諸島は幕府の直轄地(天領)として代官による支配を受けており、 島で漁獲される魚や海藻、塩、薪炭などの海産物は、すべて幕府の管理資源とされ、島民が自由に取引することはできませんでした。
タカベやムロアジ、トビウオなどは「江戸送り」と呼ばれる制度のもとで干物やくさやとして代官所経由で江戸へ出荷され、公定価格で買い上げられていました。
伊豆諸島は江戸の南に位置する重要な海域で、江戸湾の防衛や海上監視、さらには流刑地としての役割も担っていたため、幕府にとって戦略的にも経済的にも欠かせない拠点でした。 こうした背景から、タカベは単なる食用魚ではなく、幕府にとって「公の産物」として扱われ、自由な流通が制限されるほどに価値ある魚であったと考えられます(*3)。

食・利用

タカベは漁獲量が比較的少なく、群れが近海に寄る時期も限られるため、鮮魚としての流通量は多くありません。 そのため市場では高値で取引されることが多く、都内では「夏の高級魚」として扱われます。
身は上品な白身で、塩焼き・一夜干しなどで評価が高い食用魚です。旬は夏〜初秋とされ、鮮度の良い個体は刺身で食されますが、とても貴重です。
かつては干物しにして流通することが主流でしたが、「くさや」の原料魚としても知られています。 ムロアジやトビウオと並び、タカベは特に上質なくさやになる魚として重宝されてきました。

【くさや】
伊豆諸島を代表する発酵食品「くさや」は室町時代からあると言われています。 米の代わりに塩が年貢として納められていだった時代に、貴重な塩水を繰り返し使ったことから偶然生まれたといわれます。
この塩水に棲みついた微生物が魚のタンパク質を分解し、独特の香りと旨味を生み出す「くさや汁」となりました。 やがてこの液体は各家で受け継がれ、何十年、何百年と継ぎ足されながら大切に守られています。

島ごとに気候や菌の組成が異なるため、島ごとに香りや味わいが違います。 新島のものは香りが強くコクがあり、八丈島のものはまろやかで優しい風味といわれます(*4)。
現在も島の伝統食として作られ続けており、伊豆諸島の風土を象徴する味として親しまれるほか、 免疫力を上げる健康発酵食品として注目を集め、カレーやパスタなどと組み合わせた料理が楽しまれています(*4)。

毒・危険性

毒や危険性の情報はありません。

参考動画:タカベの群れ


参考動画:怪我をした魚(キュウセン)


参考動画:怪我をした魚(ムツ)

参考資料

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